1.介護分野のリスクマネジメント (基礎編)

1−B 「安全配慮義務」とは?

さて、前回「社会福祉施設はご利用者に対して、安全配慮義務を負っている」と申し上げました。それではなぜ、社会福祉施設はご利用者に対して、このような義務を負わなくてはならないのでしょう。答えはこうです。

契約の一方が、他方の力を借りないと自己の安全を確保できないような契約関係の場合に、この義務が生じる」ということになります。つまり施設のご利用者は、危険を回避するという能力において大変な弱者ですから、施設側が「自分の能力で危険を予測し自分の責任において危険を回避してください。」とは到底言えないわけです。そこで、施設側はこのご利用者の安全確保に対して、力を貸す(配慮をする)義務が契約上生ずることになります。当然施設側は、ご利用者の安全確保の努力を怠って事故が発生し、その結果損害が生じた場合は、その損害を賠償しなくてはなりません。

ではご利用者の安全確保に対して、「どのくらいの安全配慮をすれば義務を果たしたことになるのか?」という疑問が生じます

賠償責任判断の基準

実際には、事故の起きた状況によってケースバイケースで判断するのですが、大きく分けて2つの基準があるとされています。「予見可能性があったか?」「回避可能性があったか?」ということになります。

まず第1は「予見可能性」です。予見とは裁判所が使う言葉ですが、一般的には予測と言って良いと思います。事故が起きることを予測できたか?という観点です。相当の注意力と判断力をもってすれば、事故が起きることを予測し、その対策を講じることができたはずなのにこれをせず、事故が発生してしまった。すなわち安全配慮義務を怠った。だから責任があるという考え方です。
例えば、ごえん誤嚥事故が起こった場合、このご利用者のごえん誤嚥の可能性を予測して、ごえん誤嚥事故が起こらないよう食材の選択、調理方法、食事介助の方法などに配慮していたかどうかが問題となります。
第2の判断基準は「回避可能性」です。相当の注意力と技術力をもってすれば事故は回避できたはずなのに、何らかの過失(ミス)によって回避できなかった。だから責任が発生するという考え方です。
例えば、入浴介助中にうっかり手を滑らせて、ご利用者を落としてケガをさせてしまった場合がこれに当たります。また、応急手当のミスなどで、本来ケガで済むところを対処が適切でなかったため亡くなってしまった場合など、事故の発生自体ではなく、被害が拡大してしまったことに対して責任が問われることもあります。

さて、ここで問題となるのは「相当な注意力をもって」とか「相当な技術力をもって」ということです。つまり誰の能力を基準に「予測できた、できない」「回避できた、できない」を判断するのか?ということです。
例えば、私の3メートル前に向うを向いて立っているAさんがいます。Aさんは80歳で脳卒中が原因の右片麻痺の女性です。私が今、後ろから「Aさん。」と呼びかけます。呼ばれたAさんは当然振り向くのですが、このときにバランスを崩して転倒し骨折してしまいました。さて、Aさんが骨折したことについて私には責任があるでしょうか?
責任はありません。なぜなら私は介護のプロでないので、Aさんに後ろから呼びかけることが、転倒を招くので危険だということを予測できないからです。しかし、これが介護のプロである皆さんが同じことをしたら、間違いなく責任を問われます。
みなさんは脳卒中で片麻痺のAさんを後ろから呼べば、振り返りバランスを崩し転倒をするであろう、ということを予測できなくてはなりません。ですから、どちらの施設でも、ご利用者に話しかけるときには必ず前に廻って、正面から顔を見ながらお話をする、ということがルールになっています。

みなさんは業務上過失致死傷害という言葉を聞いたことがありますよね。これは刑法の言葉ですが、よく酔っ払い運転で死亡事故を起こしたりすると、「業務上過失致死傷害の疑いで運転手を逮捕」などとニュースで耳にします。
この「業務上」というのはどういう意味だと思いますか?
通常、私たちが使う業務という言葉は仕事中という意味ですが、この「業務上」は法律用語で、一般的な意味とは違います。この「業務上」というのは「ある一定の資格や能力を持った人が行う行為」という意味です。資格や能力をもった人が行う行為については、一般の人より高度な注意義務を要求されるということです。
つまり車の事故の例で業務上というのは、運転免許という資格をもって行っている人の行為という意味で、その資格に見合った注意力を要求されるということです。ですから、万一皆様が介護のプロとしての注意を著しく怠ったために、死亡事故のような重大事故を引き起こした場合は、「業務上過失〜」という刑法の罪で裁かれることもあり得るわけです。

さて、以上のように賠償責任は予見可能性など、介護のプロという厳しい基準で判断されることが判りました。ここで、もう1つ賠償責任の有無を左右する視点があります。それは、事故にあわれたご利用者本人にも過失がある、というケースです
ご利用者本人に過失があれば、当然施設側の責任が少なくなる、軽くなるということになります。
ではご利用者の過失の有無を判断する基準はどうなるのでしょう?これも2つあります。
1つはご利用者が危険を認知することができたか?もう1つは認知できたとして、危険を回避できる能力があったか?ということです。さて、皆さんの施設のご利用者を考えた場合、どうでしょう?
痴呆のあるご利用者にとって、認知は当然無理ということになりますし、認知できたとしても危険を回避する身体的能力ということになると、あまり期待できませんね。ですから、ご利用者の過失が認定されるケースはかなり少ないと思われます。

このように考えてきますと、「どの程度の安全配慮をすれば義務を果たしたことになるのか?」という問いの答えは次のようになります。

『ご利用者の立場に立ち、介護のプロとしての知恵と工夫を活かし、可能な安全対策を100%やり続けること。』


1-@リスクマネジメントの仕組み

1-A『賠償責任』とは?
       

 

1-B「安全配慮義務」とは?